2011年7月アーカイブ

身のこなしがキレイだと、"生きていること"それ自体が美しく見える。


人が美しいとは、そういうことを指すのじゃないか。


やがてそれが完全に身についた時、いくら歳をとっていようが、その人は全身の美しい動きで人をハッとさせることができるのだ。


一朝一夕には身につかない、でも一生ものの美しさです。


以前から、"何だかキレイな人だなあ"とずっと憧れていた女性がいます。


その人と食事をした。


ちなみにその人はしみ 治療にも通っているらしい。


話は戻りますが、なぜ私が憧れつづけていたのかが、その時ハッキリわかった。


ナプキンをはらりと扱い、グラスを繊細にもち、ナイフとフォークを品よくさばく指先。


合間合間に、さり気なく見せる仕草の美しさ。


二時間ほどの時間を、私は何だかうっとり過ごした。


その人が食事をしている"美しい風景"をながめながら。


女性が美しいとは、つまりこういうことなのだと確信しながら。

野際陽子はすごい。


コメディからサイコ系のドラマでのアブナい母親役から、アニメに出てくる魔女風の女役まで、もうなんでもこなす。


ちょっとヘンで、しかも美しくなくてはいけない役ばかり、誰にでもできるものじゃない。


いや、この人にしかできないのかもしれません。


人のできない役を、ひょっとしたら女優のプライドも捨てないとできないかもしれない特異な役を、しかし美人であることもきちんと活用しながら、見事にこなすあの才能、その努力。


しかも、決して一ヵ所にとどまることなく、つねに自分を変えつづけ、人を驚かせる勇気と行動力。


そこに"キレイどまりの女"との果てしない差が生まれる。


しみだって一つも無いんじゃないだろうかと思えるほど。


誰もが、この女性にはかなわないと思いました。


当然でしょう。


この人たちが"美人女優"から"大女優"へと世間の呼び名が変わったのも、歳をとって"美人"とはとても言えなくなったから"大"をつけてごまかしているのではない。